Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

  “雲の駈けっこ”
 


今日は何だか、妙にそわそわ。
何かが気になって気になってしょうがない。
でも、その“何か”が何なのかが判らない。

 “う〜〜〜〜。”

お腹が空いてもないし、眠い訳でもない。
何か約束してたのを、思い出せないとかいうのでもない。

  ――― なのに。

朝も早よから足元がむずむずするし、
お尻尾はふりふりと落ち着かないし。
お耳のどこかが痒いような、
柔らかい毛並みのどこかに何か引っ付いてて取れないままになってるような。
何だか、むずむずして落ち着けなくって。

  ――― ひゅうん、と。

風の音が耳元でしてから、あのね?
お庭の草とか、乾いた音でさわさわって撫でての、
どっかへ翔っていったから。
それをとうとう追っかけて、
お屋敷の広間の濡れ縁から飛び降りてた くうちゃんで。

 「…あ。」

お庭を囲う塀の端っこ、
小さめの穴が空いてるトコから“よいちょ”と這い出して。
お外の道をとてちて駆けてったらね?

  ――― ひゅうぅんひゅうん、って。

やっぱり風の音がする。
裏山の手前、
天辺まで見上げると後ろへぱったりしそうなくらい背の高い、
ナラやヒバの木が高い高いところでざわざわ言ってる。

 “…変なの。”

だって、さっきの“おいでおいで”した風の他は、遠いとこで躍ってるだけ。
時々じとじとと湿った大風が、
“ばふんっ”て、大きな敷布みたいにぶつかってくの。
痛くはないけど、
お顔にぺとり、くっついてからとか、髪の毛とかを撫でての通り過ぎてくの。

 「うや…。」

  ――― 何だろ、何でだろ。

やっぱり何かがざわざわしてる。
小さなくうちゃんの中で、ぴょこぴょこ跳びはねようよって誘ってる。

 「…えと。」

見上げたお空には雲がいっぱい。
大っきいの小っさいの、どれも何だか大急ぎで翔ってるみたい。
まるで誰かに追っかけられてるみたい。

 「帰ゆ…。」

ねぇ遊ぼのおいでだったけど、何か違うの、
こゆ時は、あのね。お家へ帰らないと。

  ざわざわざわ………

梢の音、草の音。
何だかドキドキして来たの。それがちょっぴり怖くなって。
森には入らずの回れ右。
たかたか、たかたか。
お尻尾みたいに結った髪を揺らして、
じとじとの風の中、
邪魔しちゃやーのって泣きそうになりながら、
元来た道を大急ぎで帰れば、

 「おお、くう。」

どこへ行っていたのだと、
濡れ縁のところに立ってたお館様が見つけてくれて。

 「うや。」

とてちて、ぱたぱた。
一生懸命、腕を振って、足を出して。
大人から見れば何とも愛らしい、ちょこまかとした小さな歩幅で距離を詰め、

 「おやかま様ぁ〜。」

寸の詰まったお顔、ふにゃりと歪ませて、
早く早く抱っこしてと、到着より先に腕を伸ばして来た小さな坊や。

 「…お?」

これは何だか様子がおかしいと、やっと気づいてくださったそのまま、
お館様は裸足で庭へと降り立つと、
小さなくうを綺麗なお手々で ひょいと捕まえる。

「どうした、何かに追われたか?」
「ちやうの〜〜〜。」

何かを見た訳じゃあない。
何かが聞こえた訳じゃあない。
ただ あのね? くうにも判らないけど あのね?

「むじゅむじゅ しゅるの〜〜〜。」
「むずむず?」

うっくえっくと、今にも泣き出しそうになる幼子へ、
その甘い色合いをした髪の間から、右のと左のとが飛び出して立っている、
褐色の毛並みも柔らかいキツネのお耳をそおっと撫でてやったお館様、

 「そっか。くうにはもう嗅げたのだな。」

そうと言って、くすすと笑う。
そうかそれで、と、蛭魔には得心がいったこと。

 「???」

 ―――何のこと? おやかま様、何か知ってゆ?

いいによいのする、あったかいお胸へ頬をくっつけて、
ふや?と、大きな瞳を、まだちょびっと潤ませたままに見上げれば、

 「あと半日もしたらな。ここいらに“野分”が来る。」
 「のあき?」

舌っ足らずな和子の微妙な言い回しへくすすと笑い、

 「ああ。物凄い大風と大雨が襲い来るのだ。」

そうと言ったお館様の髪を掻き乱して、またぞろ湿った風が吹き付けて、

 「セナ、庫裏の方に飲み水を多めに確保しておけと伝えよ。」

川や泉が濁る恐れがあるその上に、
「ウチの井戸は古いから、万が一にも井戸側が崩れないとも限らない。」
「そんな怖いこと、仰せにならないでくださいよう。」
通りすがりの書生のセナくん、
あちこちの蔀(しとみ)や妻戸、板戸などなど、
建具の隙間に経木を挟んで回っていたらしく。
削りたての木っ端のいい匂いを連れて、庫裏の方へと向かっていった。

 「こあいのが来るの?」

そのお尻尾がぶわわっと膨らんだ坊やへ、

 「まあ…なんだ。怖いっちゃ怖いんだがな。」

何の気配なのかが判らぬまま、
そんな焦燥に煽られて、落ち着けないでいた仔ギツネくんであるらしく。
気持ちの座りが悪いというか、居心地の落ち着きが善くないというか。
それでの落ち着きなくも、あちこち駆け回りにいってたらしい。

 「裏山まで行ったのか?」
 「うと、うん。」

でも、何だかイガイガしてて、入れなかったの。
そう言うと、
「成程。」
うんうんと頷いたお館様だったのは、

 『地神が礎へ、へばりつきにと戻ってたんだろうな。』

日頃はお気楽にそこらを伸してる連中だが、
そもそもの寄代が吹っ飛んだり壊されたりしては地力が弱まる。
それで、なけなしの霊力にてそれらを守りにと大挙して戻っておったものだから、

 『くうには捉えどころのない、されど妙に気合いの入った気配に、
  何だかよく判らないまま圧倒されたのだろうよ。』

ただ。
そこから戻ってのお家にいるというのに、何故だか落ち着きのないままな彼であり。

「まだ、何か怖いのか?」
「うっと…。」

お館様の懐に頬をつけたまま、お空を見やればやっぱり雲が翔ってて。

 「………あのね? 判んないの。」
 「んん?」

怖いのとは ちやうの。
でも、嬉しいのドキドキでもないの。
喉の奥がむずむずしてて、
じっとしてたら、あのね? ここがぽんっと割れそうなの。
小さなお手々が押さえたのは、くうちゃん自身の薄い胸元。

 「…そりゃあ、一大事だな。」

くうの要領を得ない言いようへ、
でもでもお館様は、何かを察したか。
切れ長のお眸々を静かに瞬かせ、
それは由々しきことぞと真剣なお顔をし。

 「我慢は要らぬぞ?」
 「?」

ああそうか。まだやったことがないのだな。
つか、キツネも遠吠えとかするものだろか。
そんな風に呟いたお館様、
おもむろに“すうっ”と息を吸い込むと、
くうとお揃いかもというほど、
よ〜く尖った糸きりの白い歯をちらりと覗かせてのお口を開けて。

  ――― あおぉぉぉおぉぉぉーーっっ、と。

なめらかなお声を長々と響かせて、
吹き来る風に上手に乗っけての、わんこのような遠吠えをなさる。
それを聞いたくうちゃん、

 「………あ。////////

  そうなの、何かがお胸に詰まってて。
  それをあのね? お外に出したかったの。

切っ掛けを頂いたことで、勢いもついたものか。
大きな褐色の瞳、きらきら潤ませて、
お館様のお顔を見上げたくうちゃんに、

 「やってみ?」

にんまり笑ったお館様で。
こくり、小さく息を飲んでから、

  ――― あ、あうおう、おおぉぉーーーっ。

えーっとえっとと、
やったことがないものだから、
何を叫べばいいのかが、判らなくっての失速気味に。
それでも一応は遠吠えもどきをやってみたくうちゃん。
お胸から息を吐き切ると、

 「わあvv ////////

すべすべの頬を真っ赤にしての、それはそれは嬉しそうなお顔になった。
大きなお声を出しながら、お胸に詰まってた何物か、
思いっ切り吐き出したのが、よほどに気持ちよかった模様であり、

 「もっかい、もっかいしてもいい?」
 「ああ。風の音に負けるな。」

気がつけば、吹きつける風が、さっきよりも間合いを詰めてたり。
お空の上では雲が競走をしていて、
草むらもざわざわと落ち着かない。
むずむずがつのってきたくうちゃん、お館様の肩に掴まっての身を乗り出すと、

  ――― あおーう、あうあう、あおぉぉぉーーーんんっっ!

今度はなかなか綺麗な、伸びやかなお声での遠吠えをし、
はふと溜息ついて身を戻す。

 「…すっとしたか?」
 「あいvv

もう大丈夫。
見えない物へのドキドキとか、お胸やお腹のざわざわも消えました。

 「怖くなったらまた吠えていいからな? …っと、怖いんじゃなかったか。」

落ち着けないんだったよなと、言い直してくれたお館様に、
うんとしっかり頷いた仔ギツネくん。

 「おやかま様といっちょ居たら、なんもぜんぜん怖くないもん♪」

そ〜んな可愛らしいことを言っちゃった仔ギツネの和子に、
羽二重餅のよな小さなお手々で懸命に、
今日は深緑のをお召しだった直衣の前合わせを、
切ない非力できゅうと掴まれたお館様。

 「お………。」
 「お?」

何でしゅか?と、小首かっくりこして見上げた幼いお顔がまた、
ふやふやな頬にふかふかな小鼻、
小さく先っちょの尖った口許も緋色でふくりとやわらかそうで。

 「お前という子は〜〜〜っ。」

何とも言えない愛らしさに、久々、胸倉つかまれたお館様だったらしいですが、

 「お館様。
  くうちゃん相手とはいえ、
  そんな目立つところでひしと抱き合うのはどうしたものかと。」

それより、他にやっとくことはないのでしょうか?
ただでさえ、名代のあばら家屋敷、
これまで大丈夫だったからなんてのは、
一番信用が置けない保証だと、
お館様が仰せになられたのですよ…と。
よほどのこと、野分の襲来が恐ろしいらしい書生のセナくんが急かすのへ、
妙に御機嫌なお師匠様からのお返事は、


  ――― 妬くな妬くな。

  ……… 妬いてませんて。


   ある意味、無敵の師弟なようです。
(苦笑)





  〜どさくさ・どっとはらい〜  07.9.17.


 *湿った風が時折強く吹いておりまして、
  そういや台風が来てたんでしたっけね。
  こういう気配へ、わんこがよく遠吠えをしますよね?
  それでふと、思いつきだけで書いてみた訳ですが。
  ………キツネも遠吠えをしたような気がしたのですけれど、
  さすがに鳴き声までは判りませなんだ。
  やはり“こーんっ”とか“けーんっ”とか、なんでしょうかね?

 *それにしても、
  これまでだって何度も台風に襲撃されてもいるはずのあばら家屋敷、
  よく保ってますよねぇ?
  お館様が何か術でもかけているのでしょうか。

   「そんな面倒で体力の要ることなんざしてねぇよ。」

  ああでも、支えてる式神様とか憑神様とか、おいでですから。
  そんな彼らの神通力がさりげなく守って来たのかも?

   「だとすると、今の秋は
    その支えとやらが も一個増えてるだろから、万全だな。」
   「………誰の話をしてやがる。」

  呼んでもないのに出て来ちゃいけませんぜ、あぎょん
(仮名)さん。(笑)

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